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現実逃避の読書

私の読書好きの最も大きな理由は、たぶん「現実逃避ができるから」だろう。
ストレスを感じたとき、とりあえず本の世界に逃げ込むのである。

私はかなりストレスに弱い。結構すぐに落ち込む方だし、あれこれ悔やんだり、たわいもないことが心配になってしまう。気が小さいとも、自分に自信が持てないとも言える。

こんな私は日々、些細なことを気にしたり、ストレスに負けそうになったりするので、時間があればとにかく本を開く。本を読んで自分の内側に現実とは別の世界を創り出す。現実からそれぞれの本の持つ世界がちょこちょこと膨らんできて、それを抱えることで少し元気を取り戻していき、また、現実の生活に戻るのだ。

私はそうやって日々、本に救われている。

並行読みで拡がる世界

私は、だいたいいつも10冊程度の本を並行読みしている。

いくつかの小説とともに、エッセイ、哲学、自然科学、歴史、サブカル、政治、経済などなど、いろんな分野のいろんなタイプの本を少しずつ並行して読んでいる。
中には、一気読みする本も当然あるのだが、常に読みかけの本が10冊程度ある状態だ。

これは、私の「現実逃避のための読書」という趣向と関係している。

それぞれの本には、それぞれの世界があり、その時の気分や状態に応じて浸りたい世界、潜り込みたい世界が違う。気分が酷く落ち込んでいるとき、気持ちが不安定なとき、ちょっと疲れ気味の時、意欲的な気分のとき、何かを食べながら、美味しい珈琲を飲みながら、ビデオでも観ながら、眠る前にベッドでなど、その時のシチュエーションと心と頭の状態に応じて、その都度、読む本を選んでいる。

栞たくさんの本を並行読みして、いろんな本をバラバラ読んで栞を挟んでいく。

そしてまた別の日に、栞を挟んだ頁を開いてみると、それぞれのシーンが、前に読んでいたときの感覚とともに呼び戻される。このちょっと不思議な感覚がなぜか嬉しい。

それは、いつもいろんな世界を自分の内側に抱えながら日々を暮らしているような気分であり、そういう感覚がなんだか豊かな気持ちしてくれるのである。

【関連記事】「本を買って置き場に悩む」こと

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2012.05.04 | 本と読書について | トラックバック:(1) | コメント:(4) |

「趣味は?」と聞かれたら、「本を買って置き場に悩むこと」と答えている。

事実、自分の書斎には、ずいぶん前から本を並べるところがなくなってきていて、なのについつい買ってしまうので、本当に本に埋もれてきている。
だが、この、本が本棚からはみ出しながら(物理的な話)眼前に迫ってくる様がまた良いのだ。なんだか本たちに切実な眼差しで見つめられているようで、どうにも心地よい。

なぜなのか。

それは、この本たちが、たぶん自分自身の投影だからだろう。
自己分析してみると、自分は「こういう本を読んでいる読書好きな奴だ」ということに、なんとはなく陶酔しているのだと思われる。
私の書斎に家族以外の人が来ることはほとんどないので、どう考えても、この本たちは、自分に見せているのだと理解する。

内田樹さんが、著書の『街場のメディア論』で同じようなことをおっしゃっていた。
内田先生曰く、「自分の本棚は僕たちにとってある種の「理想我」だからです。『こういう本を選択的に読んでいる人間』であると他人に思われたいという欲望が僕たちの選書を深く決定的に支配しているからです。だって、書棚に並んだ本の背表紙をいちばん頻繁に見るのって、誰だと思いますか。自分自身でしょう。自分から見て自分がどういう人間に思われたいか、それこそが実は僕たちの最大の関心事なんです。」

強く同意!そうだよ、本は本棚に並べるために買うのだよ。
さすがに、我らの想いを美しく論理的に語ってくれる。
本棚に並んだ本の背表紙を一番頻繁に見る自分に向かって、「自分がどういうものを読む人間に思われたいか」そういう自分の願望が本棚には表れている。
選書と配架におのれの知的アイデンティティがかかっているのだ。

内田先生はこうもおっしゃっている。「電子書籍について論じるときに、誰ひとり「書棚の意味」について言及しないことです。(中略)だって、本といったら『書棚に置くもの』でしょう。でも、電子書籍は書棚に配架することができない。」

その通り。私も、電子書籍は、原則買わないだろう。私にとって本は読むだけのものじゃなくて、本棚に並べるもの(実際は並び切れてなくてあちこち積んであるのだが)でもあるのだ。

まあ、紙の感触とか、手触りとか、装幀とか、紙に印字された活字の印象とか、そういったものが無性に好きだという好みの問題も当然あるのだけれど。でも私が紙の本を買うのはそれだけではない、なんとも奥深い自我の根源的な意識がはたらいているのだ!と納得して、今日も置き場に悩むのである。

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2012.04.29 | 本と読書について | トラックバック:(0) | コメント:(10) |

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