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世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を持ち、北極点から南極点を人力踏破もしている石川直樹さんの第六回開高健ノンフィクション賞受賞作。


2008年1月、熱気球での単独飛行で太平洋横断を試み、行方不明となった神田道夫さんと著者である石川直樹さんの冒険について綴った著作である。

神田道夫さんは、公務員でありながら、気球による様々な世界記録を達成し、植村直己賞を受賞している「冒険家」。
著者は神田道夫さんと2004年1月、太平洋を横断すべく一緒に気球に乗り、太平洋上に着水し、危うく命を落としかけながら生還した。

本書は、その時のこと「こうやって人は死んでいくんだろうな、と思った」で始まる。
そして、飛び立って生還するまでの経緯が、素晴らしい迫力で書かれている。さらに、その四年後、神田さんが今度は一人で飛び立ち、行方不明となった出来事を綴っているが、著者はそこで何が起こったのか、共に太平洋横断を試みた経験者として、神田さんを知るものとして、そして神田さんと冒険を共にした仲間たちの意見を交えて、綿密に推理していく。

「最後の冒険家」という表題は、著者の言う「近代の冒険」すなわち、世界地図にまだ見ぬ空白があった時代に、本当に未知なるモノを探求するために挑戦された冒険スタイルを体現する最後の冒険家だと神田道夫さんを称しているのだ。

この本の中に、私の知っている人が何人か出てくる。一人は、パキスタンの独立峰ナンガパルバット越えを現地でサポートし、著者と神田さんが挑戦した太平洋横断の時もあらゆる対応を仕切ったK氏で、私が気球を教えてもらった恩師であり、所属していたクラブのボスだ。彼は数年前に急死された。そして、もう一人は、神田さんに気球を教え、ヒマラヤ越えやナンガパルバット越えなどに共に挑戦し、神田さんを支えてきた日本気球界の重鎮であるI氏だ。彼は、私が気球をやっていたウン十年前からすでに日本気球連盟のトップの一人であり、まさしく日本の気球界のパイオニアであり、牽引してきた功労者だ。

自分が単に遊び心でかかわっていた熱気球というスポーツにおいて、彼らは気球を心から愛し、日本に気球というスポーツを広めながら、一方で前人未踏の冒険を志し、創造性溢れた計画に挑戦することで世界に日本の気球を知らしめ、そして何より自分が求める衝動にあらゆるものを賭けて、全力で生き続けていた。

この本を読むと、なんだか湧き上がるものある。抑え眠らせている何かを感じさせる。
著者は「地理的な冒険が消滅した現代の冒険とは、この世の誰もが経験している生きることそのものだ」と書いているが、そこに落ち着けてしまうのではない、何かが神田さんをはじめ彼らにはある気がする。

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2012.03.07 | 石川直樹 | トラックバック:(0) | コメント:(0) |

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