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ヒヨコ舎という単行本・雑誌編集集団が出版している「作家の本棚」です。
本棚をのぞかれた作家さんは、角田光代、桜庭一樹、石田衣良、穂村弘、有栖川有栖、神林長平、菊池秀行、川上未映子、みうらじゅん、山崎ナオコーラ、山本幸久、西加奈子、夢枕獏、中島らも の14人。


人の本棚を覗くのはそこはかとなく楽しい。それも、よく作品を読ませてもらっている作家さんの本棚には興味津々だ。
今回、のぞかれた作家さんのうち、特に好きで良く読んでいる作家さんが半分くらい含まれていて、本屋で見つけて速攻レジに向かってしまった。

自分との共通点とか見つかるとまた嬉しくなる。

最初にのぞかれたのは角田光代さん。
壁の一面に造り付けの本棚があり、整然と本が並んでいる。
確か角田さんは、仕事場にマンションの一室を借りて通勤しているんだとか聞いたことがある。部屋そのものに生活臭がしない。一番本を読んでいるのは、今だという。生活の隙間に全部本が入っていると。銀行の行列に並ぶときも本を読むそうだ。

桜庭一樹さんは、今の本棚に入っているものは殿堂入りで、この本棚に入れられるだけ本を持っておいて、それ以上は持たないという。
本屋さんは毎日どこかしら覗いている。隅っこにある平積みの本が気になるそうで、新刊じゃないのに店員さんで個人的に気に入っている人がいるなっていう、どさくさにまぎれて置いてあるなっていうのがすごい気なるそうだ。私も同じだ。なんとなくこの気持ちはよくわかる。

穂村弘さんは、「本は別世界とか異次元の入り口だ」という。そういう感じをさせるものが好きだそうだ。私と共通するのは、絵本やデザイン系の本を楽しみとして買うことだ。確かにデザイン系の美しい、かわいい本が並んでいる。私もデザイナーでもないのに、「デザインの現場」がズラッと並んでいたり、デザイン系の事典や作品集なんかを買ってしまったりする。なんか本棚に並べてあると嬉しいのだ。

有栖川有栖さんは、蔵書がすごい。移動式の本棚が見事に並んでいる。神林長平さんの本棚もすごい。自分の本棚の前で立ち読みするのが好きなそうだ。うらやましい。

みうらじゅんさんの本棚はごちゃごちゃしてる。物持ちが良くて、小学生の時買った本とかもある。あれやこれや放り込んだ感じだ。
本屋さんでタイトルが引っかかった本を買っちゃうそうで、「買ってすぐには読まない。しばらく本棚に入っていてある日突然扉がばーんと開くんです」だそうだ。なるほど。

最近注目している山崎ナオコーラさん。
作家になるきっかけの本は、「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」。小学四年生の時すごい衝撃を受けて「こんな無意味な文章でいいんだ」とこういうものを書ける人になりたいと思ったそうだ。
本棚には、西加奈子さん作品がずらりと並んでいたり、柴崎友香さんなど私の良く読む作家さんの本が並んでいて嬉しくなる。書店がすごく好きで、欲しいものがないときでもブラブラ毎日のように行っているそうだ。
ここでも将来本が増えていったとき、おばあさんになったときの妄想が広がっていって面白い。さすがにナオコーラさんである。

山本幸久さんは、書店のカバーがかけっぱなしだ。珍しい。背表紙を見たくならないのだろうか。小学生の時から、好きな漫画を単行本で買うようになって、江戸川乱歩を読んで、星新一読んでっていう正規のルートを辿ったという。そうか、私も本好きになる子どもの普通のパターンだったんだ。

一番嬉しかったのは、大好きな作家の五本の指に入る西加奈子さんの本棚が、私の本棚にとても似ていることだ。本棚自体もいくつか積み上げられていて、中も二列に詰め込んでいて、さらに隙間に横積みされていて本がはみ出てきている。ちょっと気恥ずかしい本を後ろの列に置いたりするところも似ている。
蔵書をもっと詳しく見たいところだが、写っている範囲でも安部公房や大江健三郎やガルシア・マルケスの古い単行本が並んでいたり、プロレス系のものがあったりして共感しちゃう。なかでも、私のバイブル的な「浮浪雲」がズラッと並んでいるのについ声が出てしまった。

存分に楽しませてもらった。いいなぁこういう企画。
中でも特に好きな作家さんの本棚は、もっと隅々まで覗かせて欲しかったなぁと思う。そして、自分の本棚のことを、蔵書のことを延々と語って欲しい。
本はやっぱり本棚に並べるためにあるんだとあらためて実感するのだった。

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2012.05.27 | その他 | トラックバック:(1) | コメント:(2) |

漫画家吾妻ひでおさんのコミックエッセイ「失踪日記」です。

もうだいぶ前に出版されてたいへん話題になり、
  第34回日本漫画家協会賞〈大賞〉
  第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門〈大賞〉
  第10回手塚治虫文化賞〈マンガ大賞〉
など、たくさんの賞を受賞した傑作なのだ。

むしょうに読みたくなり、あらためて読んでみた。
不安定な心が欲する作品なのである。

「全部実話です(笑)」と書かれているように、吾妻さん自身の実体験を赤裸々に語ったノンフィクションである。

一度目の失踪を描いた「夜を歩く」、二度目の失踪を描いた「街を歩く」、アルコール依存と治療の時期を描いた「アル中病棟」の3つの章で構成されている。

一度目の失踪は、仕事に追われ、「たばこ買って来る」と言って出て行ってそのまま失踪する。山で首つり自殺をしようとしてそのまま寝てしまったり、凍死寸前になったりしながら、山と街とを行き来しながらのホームレス生活をコミカルに綴っているが、内容はきわめてハードで切実なものがある。

二度目の失踪は、原稿を落としてフラッと逃げてしまい、竹藪とか街の中でホームレス生活に入る。二度目は、かなりホームレス慣れしていて、街の中の面白いヘンな人たちをウォッチングしながら、それなりに工夫して生きていく。その後なぜか配管工として働きはじめ、社内の不思議な人間関係に振り回されながらも社内報の漫画に応募したりもしている。

アルコール依存症の時は、その感情の動きとか、しらふの時の不安感とかが淡々と表現されてはいるが、それでも十分に鬼気迫るものが感じられる。
何度も幻覚をみて気がおかしくなりそうなり、あちこちで倒れたり寝たりそしてオヤジ狩りにあったりしているうちに、家族に強制入院させられるのだ。
病院に入院している依存症の面々もヘンな人ばかり出てくるのだが、入院生活の前半で本書は終わっている。

インタビューを読むと、「ギャグマンガの作家は、常に新しいギャグを考えようとすると、だんだん精神が病んでくる」のだという。そして、気がつくと原稿を落としたり、うつと不安と妄想に襲われたりして精神的にも非常にキツイ状態になっていったようである。

ギャグ満載でテンポの良いリズムに楽しく読んでしまうが、内容を冷静に見てみると実に壮絶である。冒頭に「この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています。リアルだと描くの辛いし暗くなるからね」とあるのだが、それでも相当に厳しい状況を越えてきたのだと言うことは推測できる。よく、復帰できたものだと感心する。

すべてをご破算にして、消え去ってしまいたいと思う気持ちはとってもとっても理解できる。自分もそう思うことはよくあるが、なかなか現実から逃げ出せないでいる。そして鬱々と暮らしている。
そういう衝動に駆られて失踪した人間の実録であるということと、それをコミックエッセイという形式で、表現することを生業とする吾妻さんが作品にして公表し、それが大きな反響と評価を得て、たくさんの人に読まれてきたことに、この本のおおいなる価値がある。

この作品の凄いところは、実話でありながら、作品として実に面白いコトであろう。
悲惨な現実(体験)を軽々と越えて、作品として見事に昇華し、楽しめる読み物として構成してしまう吾妻さんの筆力はさすがである。

表現はいたって淡泊でほのぼのとさえしており、吾妻さん自身が出ずっぱりで飄々と悲惨な状況を通り抜けていく姿の背景に、社会の暮らしにくさとか、弱い人間にとっての生きにくさの本質みたいなものが透けて見えているようで、なぜか共感というか安堵感というか、救われるものを感じてしまう。
私はその心地よさに何度も何度も読み返してしまった。

全体にそうなのだが、特にアルコール依存については、漫画の特性を生かしてその怖さが実に鮮明でわかりやすく表現されていて、依存者の心理を理解するうえで貴重なのではないだろうか。

社会において不安を感じながら、ストレスに耐えながら生きている多くの人たちにとって、悲惨な体験を通り抜けてきた当人が、その気持ちを読みやすく表現してくれることは貴重であり、本作品はそういう意味で読み継がれていって欲しい傑作なのである。

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2012.05.19 | その他 | トラックバック:(1) | コメント:(4) |

乾緑郎さんの「完全なる首長竜の日」です。
第9回「このミステリーがすごい」大賞受賞作品。
「チーム・バチスタの栄光」以来の満場一致で選定された作品だそうだ。


《あらすじ/カバー裏表紙より》
植物状態となった患者とコミュニケーションできる医療器具「SCインターフェース」が開発された。少女漫画家の淳美は、自殺未遂により意識不明の弟の浩市と対話を続ける。「なぜ自殺を図ったのか」という淳美の問いに、浩市は答えることなく月日は過ぎていた。弟の記憶を探るうち、淳美の周囲で不可思議な出来事が起こり‥‥‥。衝撃の結末と静謐な余韻が胸を打つ。


夢と現実、過去と現在を交錯させながら、主人公の淳美の記憶に宿る同じシチュエーションを何度も繰り返し引き戻し、読者のまっとうな感覚を少しずつずらしていって混乱させ、迷宮へと誘う。

いやいやちょっとおかしいよなと思って読み返したくなることが何度もあり、それって辻褄あわないじゃないさと怪訝に思いつつも読み進めるに、それはもう作者の術中にはまっているのであって、淳美の心持ちというか脳が混乱していく様を読者も共有(体験)させられるかのようである。
読者へのその揺さぶりようといい、絡め取りようといい、実に見事というか、ちょっと苛つくというか、少々しんどいのだが、読者がこれを面白いと思うか、肌に合わないと思うかがこの作品の好き嫌いの分かれ目かもしれない。
私は少しばかり酔いそうであった。

ただ、南西諸島のある島での回想シーンで、実家の屋号を猫家「みゃんか」と読ませて読者を引き込みながら、島の情景を鮮やかに描き出す筆力は、相当なモノだと思わせる。
船底についた赤錆をハンマーで叩いて掻き起こす「カンカン虫たち」の息苦しい作業の光景も、肌に絡まるような湿度が感じられて、実に見事な表現力だなあと思った。

とにかく楽しみな作家さんがまた一人増えたことはとても嬉しい。

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2012.03.04 | その他 | トラックバック:(0) | コメント:(0) |

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