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荻原浩さんの「オイアウエ漂流記」です。

《文庫本裏表紙より》
南太平洋の上空で小型旅客機が遭難、流されたのは……無人島!? 生存者は出張中のサラリーマンと取引先の御曹司、成田離婚直前の新婚夫婦、ボケかけたお祖父ちゃんと孫の少年、そして身元不明な外国人。てんでバラバラな10人に共通しているのはただひとつ、「生きたい」という気持ちだけ。絶体絶命の中にこそ湧き上がる、人間のガッツとユーモアが漲った、サバイバル小説の大傑作!


長い。

無人島での数ヶ月(?)にわたる生活なのだから、長く感じるのは正解かもしれないが、正直、中盤は長くてやや退屈でなかなか読み進まない感じがしてしまった。

700頁近くに及ぶ大作だし、読み応えがあると言えばそうなのかもしれないが、途中、少し飽きちゃった感が否めない。

遭難のシーンのドタバタや流れ着いた後のいろんな発見が連続するシーンが終わり、登場人物のキャラクターが掴めてきて落ち着いてくると、無人島での生活は、ある意味でシンプルであり、生きるために身を守り、食物を得るために工夫して、ただただ日々を暮らしていくのだから、退屈な印象を持ったことは、リアリティのある描き方だからかもしれない。

サバイバル小説としては、火をおこし、水を求め、食物を探す様子は、実に細部まで丁寧に描かれていて、真実味もあり、よくまあ南太平洋の無人島のことをここまで書けるもんだと感心する。

また、毎日が死と向かい合った最初の頃の緊迫感から、だんだんに無人島での生活になれていく様は、感覚としてそれが伝わってくるくらいに実に良く描かれている。

最後まで機長のことが気になってしまった。それだけでもやっぱり自分は平和に生きていて、しかも精神的に軟弱だなあと感じ入ってしまう。

いろいろなキャラクターが織りなすドタバタサバイバル小説だったが、誰しも、求められると適応し、能力を発揮するものだと実感する。
しかし、実のところ、私は、遭難でメガネが吹っ飛んだ時点で、役に立たなくなるんだろうなと(それくらい極端に視力が低いのだが)それが気になって仕方がなく、読んでいてもこの無人島生活になんとなく参加しきれなかったのだった。

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2012.07.14 | 荻原浩 | トラックバック:(0) | コメント:(1) |

山本幸久さんの「シングルベル」です。
婚活モノと言っていいんだと思うが、切り口は独特である。


《文庫本裏表紙より》
恋の気配すらない息子・陽一に業を煮やし、親同士のお見合いセミナーに参加した父・恵。3人の女性たちとの“出会い”を演出するも…。次々と飲み友化していく彼らは果たして結婚までたどりつくのか?
4年後を描いた書き下ろし短編「ハンドベル」を文庫化にあたり収録。

山本幸久さんの作品には、だいたいいつも同じような感想が浮かんでくる。

とにかく圧倒的に読みやすい。
抵抗をほとんど感じず、心地よくただただ読み進めていける。
どんな悩みを抱えていても、憂鬱な気分の時でも、山本作品を開けば、その世界にすんなりと入っていける。

平和だ。平穏な気持ち良さだ。
途上人物がだいたいみんな愛すべき悪気のないキャラクターを備えており、安心してその世界に浸っていられる。

私にとっては、救いの本と言っていい。
無理のないストレス解消の待避所である。
いざというときのために、まだ読んでいない山本幸久作品をいつも手元に確保しておきたいものだ。

読んでるときの印象はいつも同じような感じなのだが、何冊読んでも、飽きることははない。それぞれにちゃんと楽しめる特徴を有しているのである。

今回も30代の独身の息子と娘たちに対して、親や叔母や姪や周りの関係する人たちが、ドタバタと好き勝手に動き回り、画策し、彼ら彼女らを引きずり回しつつき回し、それでもなんだかみんな双方に楽しんでいるようで、微笑ましい。

シングルベルとは、「一緒にいる相手もいなく、一人でクリスマスを迎えること」を意味するのだと思うのだけど、そういう悲壮感とか孤独感とかそんな感じはこの中にはあんまりなくて、それなりにみんな平和でささやかな人間関係を構築しているところがこのお話の良さなのだろうし、過剰なお節介も含めて人とのつながりのあったかさがしっかりと物語を包み込んでいる。

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2012.07.06 | 山本幸久 | トラックバック:(0) | コメント:(3) |

辻村深月さんの「ツナグ」です。

《新潮社HPより》
この喪失は永遠に取り戻せないのか――あなたが再会したい人は誰ですか?
もしOKしてくれたら、絶望的な孤独から私を救ってくれた「あの人」に、ただ一言、お礼が言いたいんです――。たった一人と一度だけ、死者と生者を再会させてくれる人がいるらしい……。大切な人を失った後悔を抱えながら、どう生きればいいのか。誰もが直面する苦悩に真っ正面から挑んだ、著者渾身の連作長篇ミステリ!


紹介文に、「誰もが直面する苦悩に真っ正面から挑んだ」と書かれているように、人間の心の深いところを描こうとした意欲的で奥深い作品だ。

ミステリと書かれていて、「死者と一度だけ会える」という神秘的で不思議な事象を扱ってはいるが、謎とか推理とかそういう部分はあまり(重要では)なくて、人間の深層のところを、人と人との関係の中で感じ合い、誤解し合い、すれ違い、理解し合う微妙な感情を描いている。

さすがに辻村さんの作品だと言えば、そのとおりだと思うのだが、私の読後の印象としては、そんなにグッとは気持ちの中には入ってこなかった。
強い印象は残ったし、お話も面白くはあったが、これまで読んだ辻村さんの作品のようなジンと余韻が残る素晴らしい読後感は少し薄かったように思う。

最初の二話は、テーマはわかるのだが、依頼者の苦悩のところが少し極端な思考のせいか、あくまでも私の考え方のせいか、あまりしっくり来なかった。なにか感情のまどろっこしさみたいなモノが邪魔をしてどうも共感できないでいた。

後半の三話は、展開にメリハリがあってズンズン読み進めていけたが、予想した通りに展開し、いろいろな部分であまりにもお話ができすぎている感じがして、感情移入があまりできなかった。
依頼人や使者の感情の動きとか思いの揺れとかそういうものが、全体に説明しすぎていて、もう少し読者にゆだねて欲しいと感じた。

なんか、低評価な印象を与えるレビューになってしまっているが、大好きな辻村深月さんの作品だからこその感想であって、十分に魅力的な作品だったし、映画化されるそうだが、映画にしたら面白いだろうと期待している。

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2012.06.30 | 辻村深月 | トラックバック:(1) | コメント:(0) |

山本幸久さんの「渋谷に里帰り」です。


《文庫裏表紙より》
峰崎稔は、大学卒業後、食品会社に就職、営業マンとしての野心もなく10年が過ぎた。寿退社する先輩から引き継ぐことになったエリアは、子供時代を過ごした渋谷。そこは、親の事業失敗で転居して以来、遠ざけていた場所だ。だが、顧客から信頼される先輩の手腕を目の当たりにするうち、仕事の面白さに気づき始めていく稔。そして、新しい恋が始まる予感も──オシゴト系青春小説!


ああ、読みやすい。
スイスイ、心地よく読めてしまう。
見事なまでにすんなりと文章が、物語が頭に入ってくるし、私に合わせてくれたのかと思うような優しいリズムに漂いながら、主人公を取り巻くいろんな出来事にも適度に興味を惹かれて、ホーバークラフトのような抵抗のない推進力で頁をめくっていく。

主人公は、確かによくいそうな三十代前半の男性だ。
喜怒哀楽を顔に出さず、覇気のない男と思われている。でもそれなりにユーモアもあり、頑張るところは頑張るし、上司との関係も悪くない。
自分にかぶる部分がないでもないが、自分の分身のようには感情移入はできない。

作品の構成もそんなに特別な工夫があるわけではない。
普通と言えば普通のお仕事小説である。
物語の展開も地味と言えば地味かもしれない。
目頭が熱くなることもないし、ハラハラドキドキのスリルも特にない。

それで、面白いのか?と問われれば、なんか面白いのだ。心地よいのだ。
読んでいて楽しいし、活字の中になんの迷いもなく溶け込めるのだ。

これぞ、山本幸久さんの才能だろうか。
あたりまえの日常、あたりまえのお仕事、あたりまえの人間関係。
その中で普通に真摯に前を向いて歩んでいく姿が、とてもとてもキュートでかけがえがないのだと、彼は教えてくれる。

渋谷という都会が舞台となっているから、渋谷なりの楽しさが盛り込まれているのだが、そういう中でも誰にとっても何か懐かしいと感じられるようなまちの断面を垣間見せてくれる。
そういう細かな配慮が行き届いていて、地方に住んでいる私にも共感できるエピソードが積み上げられていくことが、また心地よさを与えてくれるのだ。

おだやかな、安定した気持ちになりたいときに、山本幸久作品は効くのである。

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2012.06.15 | 山本幸久 | トラックバック:(0) | コメント:(2) |

伊坂幸太郎さんの10作目の書き下ろし長編「夜の国のクーパー」です。


《東京創元社HPより》
この国は戦争に負けたのだそうだ。占領軍の先発隊がやってきて、町の人間はそわそわ、おどおどしている。はるか昔にも鉄国に負けたらしいけれど、戦争に負けるのがどういうことなのか、町の人間は経験がないからわからない。人間より寿命が短いのだから、猫の僕だって当然わからない──。これは猫と戦争と、そして何より、世界の秘密のおはなし。どこか不思議になつかしいような/誰も一度も読んだことのない、破格の小説をお届けします。ジャンル分け不要不可、渾身の傑作。伊坂幸太郎が放つ、10作目の書き下ろし長編。


あとがきで伊坂さんが大江健三郎さんの「同時代ゲーム」について触れている。「同時代ゲーム」は、とても懐かしい。村であり、国家であり、小宇宙であるそこは、創造者であり破壊者である巨人が立ち会っているその構図がなんとも魅力的で衝撃だった記憶がある。

そんなずいぶんと薄らいでしまった大江作品の印象を少し引摺りながら、本作を読んでいた。登場する人物やクーパー、ネーミングなども何か共通する匂いを感じる。

最初の猫が語り出す10頁、いや妻に浮気された男が突如登場する20頁くらいか、さすが伊坂さんと思わせる入り方で興味をグイッと引き寄せられる。
ああ、これはやっぱり面白いんだろうという期待感が脳を刺激する。

だが、ここからは正直に言うとちょっと退屈になってくる。面白くないことはないし、不思議でファンタジックな世界が描かれていて興味はそそるし、小さな国の都市空間や登場人物(動物も)のキャラクターなども映像的に想像すると魅力的なのだけれど、何かいつもの伊坂作品に溢れるワクワクした次へ次へと読み急いでしまうような推進力が湧いてこない。

妻に浮気された男が猫に語るところでちょっとホッ一息つき、また、話言葉の中に猫らしい感覚とか潜り込ませてあってニンマリしたり、猫と鼠のくだりあたりはなかなか面白くてリズムが出てきたりするのだけれど、主軸の小さな国と鉄国のお話が途中どうも私には退屈に感じられた。

でも、さすがに終盤の展開は唸らされるものがある。
いくつも貼ってあった伏線が回収されはじめると、そのスピード感と勢いに翻弄されながらも、いろんなこともつながり納得感が湧いてくるし、そこに何か優しくて穏やかな、でも強い思いが感じ取ることができて、結局のところ読後感はたいへんに心地よいものだった。

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2012.06.11 | 伊坂幸太郎 | トラックバック:(2) | コメント:(0) |

中村文則さんの「何もかも憂鬱な夜に」です。
解説をピースの又吉さんが書いている。

《文庫裏表紙より》
施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。


暗くて湿った感じがする。
生と死、重大犯罪や死刑制度といったとても重いテーマに真正面から向き合っている。

こういう内容は、落ち込みそうだし、表紙もなんかじめじめした感じがするし、どうにも読み進める自信が無い。ずっと以前は、重いテーマの純文学らしい作品を好んで読んだ時期もあったのだけれど、最近は耐性が無くなったのか正直に言うと読む気がしない。
でも、なぜか中村文則さんの作品は、つい手の取り、いつの間にか読み切ってしまう。そういう意味で、私にとって現代では希有な作家だ。

読み始めるとやはり重くてどうしようもなく低空飛行なのだが、そのままズーンとハイスピードでまっすぐに暗闇の中を突き進み、後半は徐々にスピードを上げながらほんの少し浮上して読み終える。そんな感じである。

登場人物の関係性だとか、物語を深めていく構成の妙だとか、テーマへの向き合い方だとか、死刑制度への問題提起だとか、いろいろ評すべきところ、感じることはあるのだけれど、何よりも強く惹かれたのは、感情を言葉で表現仕切ってしまう筆力だ
それはもうまっすぐにまっすぐにひたすらまっすぐに表現する、言葉の力を信じて書ききってしまう圧倒的な密度というか、比重を有している。

自分の中に渦巻く混沌、わき起こってくる得体の知れないもの、押さえようのない衝動、混乱し自分の意志のコントロールが効かなくなる瞬間、苦しくて叫びたくなるような不安感、そうした主人公の感情の動きや意識というのか無意識というのかそんな心の動きを、脳の疼きを、随所で言葉で表す試みに挑戦しているように思えてくる。
それは、見事に成功しているように私には伝わってきた。

こういう感じは体験したことがあるようなそういう気持ちが襲ってくる。
ある種の共感がわき起こる。それは、少し快感でもある。
この感じは、自分の暗部を、弱い部分を、撫でられているようで少し気分が落ち着くのだ。

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2012.06.02 | 中村文則 | トラックバック:(1) | コメント:(2) |

ヒヨコ舎という単行本・雑誌編集集団が出版している「作家の本棚」です。
本棚をのぞかれた作家さんは、角田光代、桜庭一樹、石田衣良、穂村弘、有栖川有栖、神林長平、菊池秀行、川上未映子、みうらじゅん、山崎ナオコーラ、山本幸久、西加奈子、夢枕獏、中島らも の14人。


人の本棚を覗くのはそこはかとなく楽しい。それも、よく作品を読ませてもらっている作家さんの本棚には興味津々だ。
今回、のぞかれた作家さんのうち、特に好きで良く読んでいる作家さんが半分くらい含まれていて、本屋で見つけて速攻レジに向かってしまった。

自分との共通点とか見つかるとまた嬉しくなる。

最初にのぞかれたのは角田光代さん。
壁の一面に造り付けの本棚があり、整然と本が並んでいる。
確か角田さんは、仕事場にマンションの一室を借りて通勤しているんだとか聞いたことがある。部屋そのものに生活臭がしない。一番本を読んでいるのは、今だという。生活の隙間に全部本が入っていると。銀行の行列に並ぶときも本を読むそうだ。

桜庭一樹さんは、今の本棚に入っているものは殿堂入りで、この本棚に入れられるだけ本を持っておいて、それ以上は持たないという。
本屋さんは毎日どこかしら覗いている。隅っこにある平積みの本が気になるそうで、新刊じゃないのに店員さんで個人的に気に入っている人がいるなっていう、どさくさにまぎれて置いてあるなっていうのがすごい気なるそうだ。私も同じだ。なんとなくこの気持ちはよくわかる。

穂村弘さんは、「本は別世界とか異次元の入り口だ」という。そういう感じをさせるものが好きだそうだ。私と共通するのは、絵本やデザイン系の本を楽しみとして買うことだ。確かにデザイン系の美しい、かわいい本が並んでいる。私もデザイナーでもないのに、「デザインの現場」がズラッと並んでいたり、デザイン系の事典や作品集なんかを買ってしまったりする。なんか本棚に並べてあると嬉しいのだ。

有栖川有栖さんは、蔵書がすごい。移動式の本棚が見事に並んでいる。神林長平さんの本棚もすごい。自分の本棚の前で立ち読みするのが好きなそうだ。うらやましい。

みうらじゅんさんの本棚はごちゃごちゃしてる。物持ちが良くて、小学生の時買った本とかもある。あれやこれや放り込んだ感じだ。
本屋さんでタイトルが引っかかった本を買っちゃうそうで、「買ってすぐには読まない。しばらく本棚に入っていてある日突然扉がばーんと開くんです」だそうだ。なるほど。

最近注目している山崎ナオコーラさん。
作家になるきっかけの本は、「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」。小学四年生の時すごい衝撃を受けて「こんな無意味な文章でいいんだ」とこういうものを書ける人になりたいと思ったそうだ。
本棚には、西加奈子さん作品がずらりと並んでいたり、柴崎友香さんなど私の良く読む作家さんの本が並んでいて嬉しくなる。書店がすごく好きで、欲しいものがないときでもブラブラ毎日のように行っているそうだ。
ここでも将来本が増えていったとき、おばあさんになったときの妄想が広がっていって面白い。さすがにナオコーラさんである。

山本幸久さんは、書店のカバーがかけっぱなしだ。珍しい。背表紙を見たくならないのだろうか。小学生の時から、好きな漫画を単行本で買うようになって、江戸川乱歩を読んで、星新一読んでっていう正規のルートを辿ったという。そうか、私も本好きになる子どもの普通のパターンだったんだ。

一番嬉しかったのは、大好きな作家の五本の指に入る西加奈子さんの本棚が、私の本棚にとても似ていることだ。本棚自体もいくつか積み上げられていて、中も二列に詰め込んでいて、さらに隙間に横積みされていて本がはみ出てきている。ちょっと気恥ずかしい本を後ろの列に置いたりするところも似ている。
蔵書をもっと詳しく見たいところだが、写っている範囲でも安部公房や大江健三郎やガルシア・マルケスの古い単行本が並んでいたり、プロレス系のものがあったりして共感しちゃう。なかでも、私のバイブル的な「浮浪雲」がズラッと並んでいるのについ声が出てしまった。

存分に楽しませてもらった。いいなぁこういう企画。
中でも特に好きな作家さんの本棚は、もっと隅々まで覗かせて欲しかったなぁと思う。そして、自分の本棚のことを、蔵書のことを延々と語って欲しい。
本はやっぱり本棚に並べるためにあるんだとあらためて実感するのだった。

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2012.05.27 | その他 | トラックバック:(1) | コメント:(2) |

漫画家吾妻ひでおさんのコミックエッセイ「失踪日記」です。

もうだいぶ前に出版されてたいへん話題になり、
  第34回日本漫画家協会賞〈大賞〉
  第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門〈大賞〉
  第10回手塚治虫文化賞〈マンガ大賞〉
など、たくさんの賞を受賞した傑作なのだ。

むしょうに読みたくなり、あらためて読んでみた。
不安定な心が欲する作品なのである。

「全部実話です(笑)」と書かれているように、吾妻さん自身の実体験を赤裸々に語ったノンフィクションである。

一度目の失踪を描いた「夜を歩く」、二度目の失踪を描いた「街を歩く」、アルコール依存と治療の時期を描いた「アル中病棟」の3つの章で構成されている。

一度目の失踪は、仕事に追われ、「たばこ買って来る」と言って出て行ってそのまま失踪する。山で首つり自殺をしようとしてそのまま寝てしまったり、凍死寸前になったりしながら、山と街とを行き来しながらのホームレス生活をコミカルに綴っているが、内容はきわめてハードで切実なものがある。

二度目の失踪は、原稿を落としてフラッと逃げてしまい、竹藪とか街の中でホームレス生活に入る。二度目は、かなりホームレス慣れしていて、街の中の面白いヘンな人たちをウォッチングしながら、それなりに工夫して生きていく。その後なぜか配管工として働きはじめ、社内の不思議な人間関係に振り回されながらも社内報の漫画に応募したりもしている。

アルコール依存症の時は、その感情の動きとか、しらふの時の不安感とかが淡々と表現されてはいるが、それでも十分に鬼気迫るものが感じられる。
何度も幻覚をみて気がおかしくなりそうなり、あちこちで倒れたり寝たりそしてオヤジ狩りにあったりしているうちに、家族に強制入院させられるのだ。
病院に入院している依存症の面々もヘンな人ばかり出てくるのだが、入院生活の前半で本書は終わっている。

インタビューを読むと、「ギャグマンガの作家は、常に新しいギャグを考えようとすると、だんだん精神が病んでくる」のだという。そして、気がつくと原稿を落としたり、うつと不安と妄想に襲われたりして精神的にも非常にキツイ状態になっていったようである。

ギャグ満載でテンポの良いリズムに楽しく読んでしまうが、内容を冷静に見てみると実に壮絶である。冒頭に「この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています。リアルだと描くの辛いし暗くなるからね」とあるのだが、それでも相当に厳しい状況を越えてきたのだと言うことは推測できる。よく、復帰できたものだと感心する。

すべてをご破算にして、消え去ってしまいたいと思う気持ちはとってもとっても理解できる。自分もそう思うことはよくあるが、なかなか現実から逃げ出せないでいる。そして鬱々と暮らしている。
そういう衝動に駆られて失踪した人間の実録であるということと、それをコミックエッセイという形式で、表現することを生業とする吾妻さんが作品にして公表し、それが大きな反響と評価を得て、たくさんの人に読まれてきたことに、この本のおおいなる価値がある。

この作品の凄いところは、実話でありながら、作品として実に面白いコトであろう。
悲惨な現実(体験)を軽々と越えて、作品として見事に昇華し、楽しめる読み物として構成してしまう吾妻さんの筆力はさすがである。

表現はいたって淡泊でほのぼのとさえしており、吾妻さん自身が出ずっぱりで飄々と悲惨な状況を通り抜けていく姿の背景に、社会の暮らしにくさとか、弱い人間にとっての生きにくさの本質みたいなものが透けて見えているようで、なぜか共感というか安堵感というか、救われるものを感じてしまう。
私はその心地よさに何度も何度も読み返してしまった。

全体にそうなのだが、特にアルコール依存については、漫画の特性を生かしてその怖さが実に鮮明でわかりやすく表現されていて、依存者の心理を理解するうえで貴重なのではないだろうか。

社会において不安を感じながら、ストレスに耐えながら生きている多くの人たちにとって、悲惨な体験を通り抜けてきた当人が、その気持ちを読みやすく表現してくれることは貴重であり、本作品はそういう意味で読み継がれていって欲しい傑作なのである。

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2012.05.19 | その他 | トラックバック:(1) | コメント:(4) |

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